これは統合失調症ではなくても今の日本ではそれなりに一般性がある話だ。私は理由づけと呼んでいる。中学の教科書に書いてあったことが元になっている。
子供の頃に保護者がなにかをした(なにかをいった)時に子供の方が(いわば)勝手に保護者の言動の理由(原因)をつけて(作って)しまうことがある。これが理由づけだ。
たとえば保護者が何の気なしにため息をついたことがあったとする。それを子供が「あれは自分がダメだったからだ」と思って(考えてて感じて)しまう。あるいは「自分が変なことをしたからだ」と。あるいは「お母さん(保護者)は自分に関心がないんだ」と。あるいは「自分は悪い子(悪い存在)なんだ」と。
こういう考えが正しいわけではない。多くの場合は間違っている。だいたい保護者は(今の話でいうと)何の気なしにため息をついただけだからだ。
この話のポイントは問題(論点)は感情ではないというところだ。問題(論点)は認識だ。
そして理由づけを子供の頃に行ったひとが大人になった場合に上に書いたような認識が規定値になっている場合があるのだ。
もう一度書いてみる。
自分がダメだったから
自分が変なことをしたから
お母さん(保護者)は自分に関心がないんだ
自分は悪い子(悪い存在)なんだ
最初の2つは「自分はダメなヤツだ」ともなるし「自分は変なことをするヤツだ」というふうにもなってしまう。
私の場合は統合失調症だったのだがこういうこと(つまり認識)で苦しんでいるひとが今の日本には(アメリカにも)そうとういるはずだ。
自分のことは好きなのが普通だ。
「自分=ダメなヤツ」という認識が規定値になっている人たちがいる。自分は好きなのだがダメなヤツは好きではないのは普通だ。そして「自分=ダメなヤツ」ということが規定値になっているひとは(これは事実ではなく認識だがら)現実にひどく頑張って結果を出したとしてもこの認識は変わらないのだ。こういうことでこんがらがっている人たちがそうとういる。(もちろん私も長年こういうことでこんがらがっていたのだ)
ただ私はこういうこんがらがりから抜け出しつつある。ただこの件に関しては我ながらよくやったと思っている。
テレビで催眠術をやっている。あれは暗示だ。一般的にもプラシーボ効果はもう知られている。プラシーボ効果は偽薬効果だ。単なるビタミン剤をなにかの薬だと行って処方すると効果をあらわすことがある。これがプラシーボ効果。
催眠術がショーみたいになっているから「あれは本当にかかっているの?」と思うこともある。
今書いた認識の規定値が云々というのは(いわば)ずっと催眠術にかかっているようなものなのだ。気がついた時にはもう催眠術にかかっているのだから本人がその状態から抜け出すのはとてもむずかしい。
ただ私はどうやったのかは正直良くわからないのだがどうやらそこから抜け出しつつある。