世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

血液と経済循環

ワタシみたいな門外漢が経済話をしたってとも思うのだが。

日本は内需が大事な国だ。内需には投資と消費がある。ただそれが投資か消費か以前にお金を血液に例えることが多い。

アベノミクスでお金の量を増やした。これを血液で考えみると身体の血液の絶対量を蓋したようなものだ。

でも日本全体がお金が流れていない。これを血液で考えをみると身体い血液はあるのだがうまく流れていないようなものだ。

血液がドロドロになっているのかもしれない。そういう風に考えてみるとわかりやすいはずだ。

 

古典落語に(あいまいな記憶だが)「ここに一両ある」というエピソードがある。「この一両をただ持っているとただの一両。でも今この一両を使うだろっ。そうするとこの一両が一年後に戻ってくる。そうすると一年後にまた一両使えるんだよ。半年後に戻ってきたら半年後にまた一両使えるんだよ」というエピソードだ。

このエピソードは当たっているといえば当たっている。

 

景気は気のものという面がある。

ワタシは長年不幸で下げ止まっているから「景気は気のものといわれたってそんな余裕はないんです」と思っていたが。

ワタシみたいにお金がないひとばかりじゃないのに日本全体お金が回っていない。

 

お金を使うというより日本中でお金を回したいのだ。

血液のタトエでいうと身体の血液の流れををよくしたい。

 

一つの方法は国民が安心できる政策を実施するだ。

たとえば教育や医療や子育て関連の予算を膨大につける。そうすると国民は安心できる。そういうことで日本のお金が回り始めるということはありうるはずだし、そういうことが将来税収として国や自治体に帰ってくる可能性も高い。そうなったときにたとえば日本が今後数十年に渡って年間一兆円お金を使った場合に税金のカタチでどれくらいのお金が国や自治体にかえってくるのかという計算はできるはずだ。

もちろん地震で大変な思いをされている方々もいらっしゃるわけだからそういう方々の生活支援生活再建のためにお金を使った場合にそういう方々が先々働いて税金をおさめてくれるはずだからそういう額の算出だってできるはずだ。

また予防医学のようなことだが典型だが膨大なお金を使っても先々医療費が削減できることもある。耐震関連にお金を使ってもそれが先々いろいろ会ったときに被害が少なくなるのならそれはマイナスが減らすという意味でプラスだ。