すべて敬称略です。
田原総一朗と望月衣塑子の「気割られるジャーナリスト」を読んだ。田原総一朗が大物政治家とお付き合いする時に絶対ご飯をごちそうにならなかったそうだ。ご飯をごちそうになるとそういうことがどこかに出るものだ。それはプレゼントをもらうことでもそうだ。そういうことがどこかに出るものだ。
そういうことがとても大事だ。
LGBTに関していろいろ問題になっている。こういう問題に関する考え(いわば思想)もいろいろある。そういうことももちろん問題だ。そういうこと以外に「そんな言い方することはないだろう」「そんなことをすることはないだろう」ということもある。
最近国会で乱闘騒ぎがない。でも国会は乱闘になるくらいの対立やぶつかり合いがあるものだ。だから政治家同士も普段から会釈くらいはするくらいの間柄が望ましいしレクレーションみたいなもので交流することも望ましい。また家族がいるひとは家族同士が友達であることも望ましい。そうしないと本当にどうしようもないくらいに対立してしまう。
普段会釈することもレクレーションも細かいことだ。でもこういうことが大事なのだ。
日常的に「考えはそうでもそんな言い方はないだろう」ということを多くのひとが経験しているはずだ。