下町の暮らしと未来
今の日本(世界?)はチャンスだらけだ。
その理由はないから。
ないの意味は存在していないだ。
存在しないものがたくさんあるから日本(世界?)はチャンスだらけなのだ。
たとえば服だ。
女性ハイヒールが問題になっていた。
この件はわかってなかった。
理由は自分がハイヒールを履いたことがないからだ。
だがハイヒールを履くのは大変らしい。
体脂肪率のせいなのかどうかわからないが男は女より冷房を強くいれるのが好きだ。
傾向としてはそうだ。
オフィスの女性の制服でスカートがあった。今もあるが。
あのスカートのタケが短い。
だからあれでは寒いはずだ。
実際夏場にヒザカケのようなものを持っているOLさんたちが昔からいた。
クールビズとはいうが夏の仕事用の服がないのだ。
ワタシの年齢もあるのだろうがTシャツで仕事されるとちょっとイヤなのだ。
ポロシャツでも正直仕事着としては違う気がする。
作家のような仕事の人たちが昔から仕事着がないといっていた。
家で仕事をするのだから別にTシャツで仕事をしても、それどころかパジャマで仕事をしても良いのだがそれだとちょっと違うらしい。
昔からああいう人たちは仕事着がないといっていた。
仕事着がないのだ
。
仕事着は実際ないのだ。
ないから作らなきゃしょうがない。
だからここはブルーオーシャンなのだ。
また家もない。
今は家の間取りとして仕事部屋がないのが普通だ。
3LDKという時にはこの中に仕事部屋がないのだ。
そういう部屋を持っているひともいるがそういうひとは「作業部屋」と言っているようだ。
街もない。この意味は存在しないという意味だが。
近代が終わるとずっといわれていたがいよいよ近代が終わっている。
近代の特徴の一つは職住分離だ。
今の日本の街というか地域社会は職住分離の街であり地域社会だ。
だから職住分離の(職住分離した)街や地域社会はある(存在する)のだが職住一致した街や地域社会は存在しない。
近代の後の時代名称として作家の橋本治が現代を提唱していたのでここでは現代と書く。
現代はまた職住一致に戻るとワタシは予測している。
この兆しはもうある。悪いカタチで。
世界中の街でスラムが生まれている。
スラムが生まれるのが当然なのだ。
地元に仕事がないのだ。
家と学校、家と職場の往復をするという働き方暮らし方をしてきた。
だから家と学校、職場以外の場所という意味でサードプレイスという存在が提唱されていたこともあった。
都会のオフィス街と郊外の自宅(学校と郊外の自宅)の往復をして暮らすのが近代の暮らし方だった。
こういう暮らし方では地元に仕事がないのが普通になる。
仕事がないからお金が入らない。お金が入らない人たちが増えるからスラムが生まれるのだ。
下町という下町はダウンタウンではない。ダウンタウンは繁華街だ。
下町は職住一致が特徴なのだ。
これは昔の商店街もそうだった。
商店街というのはたんに商店が並んでいるだけではなかった。
マンガの「じゃりン子チエ」のチエちゃんの暮らしが下町の暮らしだ。
家も道路に面した側が店舗で奥に住居スペースがある。
あれが下町の暮らし方で下町の家だった。
もちろん一階が店舗で二階が住居でも良いのだが。
そういう家もあまりないし。そういう家が並んだ地域もあまりないのだ。
ないから作るしかない。
だからここもブルーオーシャン。
考えようによっては今の日本はチャンスだらけだ。