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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

松本隆さんが結構私に入っているみたいです 「ポップミュージックの不思議さ」

テレビがある種カタチになる前にはおかしいなことがたくさんありました。まだカタチになっていなかったからなのでしょう。ものすごく初期に噺家さんを呼ぶことがよくあったらしいのです。落語とテレビは基本相性が悪いと私は考えていますが。噺家さんを読んでいたのは、噺家さんに落語をやってもらってそれをただ取ればいいからなのです。

 

歌手の方も忙しかったのです。歌は演奏して歌っている情景をカメラで撮ってしまえばいいだけだからです。野球や相撲もそうでしょう。野球の様子や相撲の様子をただカメラでとれば番組が成立したのでしょうね。

 

昔は歌番組が異常に多かったのは、そういう理由なのだと想像しています。

 

歌番組の多さが今から思うと異様でした。ヒット曲はほぼ毎日どこかのテレビ局の歌番組で聞いていたのです。ほぼ毎日だったと思います。

 

昭和歌謡が好きという40代、50代の人が多数いるのはそういう理由からでしょうね。昭和歌謡とはまったく違うのですが私はビートルズのファンではありませんでした。でもビートルズが本当に流れていました。ブリティッシュハードロックもそんなに好きではなかったのですが、中学や高校の文化祭で「スモークオンザウォーター」とかそういう曲のコピーをするのが昔は普通だったのでしょうし、ラジオからいくらでもそういうのが流れて来ていました。

 

余計な話ですが、昔は大学生のコピーバンドがホールで演奏するのが普通だったようで、あれは私が中学か高校の時なのですが、大学生のかたが地元のホールで山下達郎さんの「SUNSHINE-愛の金色」のコピーをしていました。達郎さんのよさがずっと私にはわからなかったのです。「ライドオンタイム」でやっとわかりましたが。(敬称略ですが)ユーミンもいくらでも流れていましたし。チャイニーズスープとか陰りゆく部屋とかいくらでも流れてきていました。矢野顕子さんもある時期まではそんなに好きではなかったのですが、ラジオからいくらでも流れてくるんですよ。

 

AMで洋楽の番組もあって小林克也さんがDJをされていた番組も聞いていましたし。

 

朝からNHKFMでバロック音楽を聴いていた時期もあったし、テレビでクラッシックの紹介番組も観ていたし。N響アワーとかも父がつけていたので、聴いていたと思います。

 

そういう異常な音楽環境があったんです。

 

だから私が歌詞を書こうとすると昭和歌謡の大御所たちの影響が意識しなくてもいくらでも入っています。

 

そこは基本自覚できません。私は歌詞をかきませんが、ある連続性があるようです。

 

意外だったのですが、糸井重里さんの歌詞の師匠は永六輔さんなのだそうです。

 

糸井さんが言うのもわかる気がするのですが「永さんの歌詞には独特の薄気味悪さがある」とかそういう表現だったと思います。

 

私が解析して、前から気になっていた歌ではあるのですが、ジェリー藤尾さんの「遠くへ行きたい」という歌があるのです。

 

この歌には独特の寂しさのような悲しみようななにかがあると子供心にわかってはいたのですが、ある年齢になって歌詞の解析をしておどろきました。ユーチューブを張っておきます。


遠くへ行きたい  ジェリー藤尾

 

ジェリー藤尾さんも本当に早すぎるかたで今だったミュージカルスターなんですが、当時ミュージカルという存在が日本では一般的ではなかったのです。芸能界でのポジションみたいなものが取れない方だったのだろうと思うのです。今はミュージカルスターの方がいますよね。ああいう感じの人なんです。

 

「遠くへ行きたい」の歌詞なのですが、この歌詞には主語が全然入っていないです。日本語は主語なし結構すむ言語ではありますし、俳句では主語を使わないのが一般的です。でも歌詞で主語がまったく入っていない歌詞はこれだけではないのかと私は思っています。

 

自分で影響を受けたと自覚できるひとがダサいのが松本隆さんなのです。

 

前に安い通信の歌詞講座を受講していた時期があります。新聞とかにそういうのが載っているでしょ。ああいうのです。それを受けて「言葉の数って大事なんだ」ということがわかりましたし、よかったのですが。

 

ある時に添削を受けるために書いた歌詞に「微熱」という言葉が入っていたのです。アマゾンのリンクをはるのですが、松本隆さんの本に「微熱少年」というエッセイ集と小説があるのです。

 

 

 

 

小説 微熱少年 (立東舎文庫)

小説 微熱少年 (立東舎文庫)

 

 

だから「この微熱という言葉は松本隆さんの微熱少年からもらいました」と書いたんですよ。そうしたら「微熱という言葉は普通に使われている言葉ですから、そういう注釈は必要ありません」という添削を受けたのです。

 

でも自分では「この微熱という言葉は松本隆だ」と気がついたんでしょうね。松本さんは東京人もあるし、ダサいのが死ぬほど嫌いな方です。

 

他の昭和歌謡の大御所の影響は自分では解析できません。でも死ぬほど受けています。それはわかります。なかにし礼さんとか安井かずみさんとか阿久悠さんとか阿木曜子さんとか(ほかの仕事もされていますが)湯川れい子さんとか私の中で強大なんですよ。

 

その影響は自分では解析不能です。ただ自分が「微熱」という言葉を使った時には「あっ、これは松本隆でしかない」と思ったんです。

 

ポップミュージックである種の連続性があるんですよ。

 

私は小室哲哉さんのファンではありませんでした。でもいくらでも流れていたから自覚なく聴いているんですよ。今年帰ってきた宇多田ヒカルさんだって街を歩くといくらでも聴こえていました。

 

ポップミュージックって、「熱心に聴く」というひともいます。でも「ああ流れてる」程度でしかないのだけれども「なんか覚えている」という要素がとても大事だと思うんです。

 

そのあたりはたぶん秋元康さんが自覚的だと想像しています。

 

朝ドラの主題歌をAKBがやっていたしたよね。あの歌詞は私には正直つまらないとしか思えないし、他の乃木坂とかそういうこと私にはわかっていません。

 

ただ地元のラジオ局で高校生が出演するコーナーがあるのです。そこである高校生が乃木坂48の曲をリクエストしていたのです。その歌も私には響きませんでした。

 

でも高校生にはとても良いものだということは、彼がその曲をリクエストした事でわかったのです。「所詮アイドルなんか」と思っている大人はたくさんいますし、もう私にも今のアイドル事情はわかりません。ただ10代の時に好きだった歌手やミュージシャンを皆どこかひきずっていると思うのです。

 

変な話ですが、もう他界したのですが、私の母が美空ひばりさんのことをずっと「ひばりちゃん」と言っていたのです。その「感じ」が長年わからなかったのです。

 

でも若い方からみればおかしいと思うのですが、松田聖子さんのコンサートに行く中年男女であるとかは。それって今の高校生が10年後、20年後に「やっぱりAKB48ってよかった」と思ってコンサートに足を運ぶようなものなんです。今の中高生にとってのAKBのよさは私にはわからないのですよ。でもいいんでしょう。10代の時だったミュージシャンやアイドルを大人になってどこか引きずるもののようです。

 

時代をこえた歌とか時代をこえたミュージシャンも存在します。

 

これは悪口ではないのです、ユーチューブをはるのですが、中山美穂さんとワンズの「世界中の誰よりきっと」という歌があります。


世界中の誰よりきっと

 

中山美穂さんが若い頃から本当にきれいだったし今もキレイなのですが、この歌の良さが当時私にはまったくわからなかったのです。「なんでこんな歌がヒットしているだろう」と思っていたんです。

 

余計な話なのですが、私にとっては小林信彦さんの素養がやっぱり重要です。中山美穂さんはなんていうのか「つっぱり」とか「不良」とか「ヤンキー」とかそういう役で一般に最初は認知されました。これを当時小林信彦さんが書いているんですよ。「このひとはいわば美少女なので本来なら深窓の令嬢の役なんだけれど、今はこういうひとは不良の役のする時代なんだ。でももったいないと思う」みたいなことをです。

 

ずっと小林信彦さんが書いた意味がどこかわからずにいたのです。今でいうと橋本愛さんがどこか「美少女」です。橋本愛さんよりも音楽が好きで観た映画「さよならドビュッシー」で橋下愛さんが「深窓の令嬢」役をやっていたので、何十年もたって「こういうことだった」と私はわかりました。

 

「さよならドビッシー」のリンクもはっておきます。監督が利重剛さんで俳優としても活躍されています。話はミステリーなのでいえないのですが。岬洋介というピアニストで名探偵のシリーズの一作目です。このピアニストで名探偵の役を本当のプロピアニストの清塚信也が演じているのです。今ウィキったものをコピペするのですが、「リストの超絶技巧練習曲「第4番マゼッパ」を清塚が弾くシーンでは、演奏からセリフのやり取りまでを1カットで撮影することを何度も何度も続けた」そうです。ワンカットでしたよ。

 

 

 

 

若い人ってカラオケで人が歌っているのを聴いて歌を覚えるでしょ。その時のカラオケにいったのですが、メンバーがおかしくて20代、30代、40代、50代がいたんですね。それ最後に皆で歌える歌という話になったときに「じゃあ世界中の誰よりきっとかな」という話になって全員で歌ったですよ。

 

この歌はそういう意味で時代をこえているんです。20代が歌えるのですから。

 

時代をこえたミュージシャンという意味だと尾崎豊さんと中島みゆきさんです。この二人はなぜか若い人からも愛されています。なぜこの二人なのか私にはわからないのですが、この二人は時代をこえています。「糸」とか「15の夜」とか若い人も好きでしょ。「15の夜」は古い歌なんですが。若いひとが「盗んだバイクで走り出す」とか歌っていますから。この二人は時代をこえています。「うらみます」とか私は若干笑うんですが、若いひとにも響くみたいですね。

 

こういうのがポップミュージックの不思議さですね。