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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

黒柳徹子さん 私はあなたから勝手に学んでいる気がします

この記事を読むために黒柳徹子さんの「トットチャンネル」を今読み返しています。

 

黒柳さんは「自分は素直らしい」と書いているのですが、私もなんだかひとの言うことを聞くのです。その日は食欲がなかったので、お昼にチーズだけでも胃に入れておこうと思っていました。友人にその話をすると「炭水化物もとってください」と言われたのでパンとチーズをお昼に食べていたのです。そうするとその友人が「なんでパン食べているんですか」と聞くので「だって炭水化物を取れって言ったじゃない」というと「僕の言った通りにするんだ」と言って笑うのです。私は素直ではなくそうとうひねくれているのですが、人から「こうしなさい」であるとか「こうしたほうがいいですよ」と言われるとそうするのです。子供の頃からそうですし、今でもそうです。私よりもはるかに若いひとから言われてもそうですし、自分の専門分野がわかっていないひとから言われることもそのままします。素直ではないのですが、そうするのです。黒柳さんに似ているのかもしれません。

 

それから黒柳さんはご自身のことに関して「個性的」の一言で片づけられることが不満なようです。私は個性的ではないのですが、子供の頃からどこか浮いてしまうのです。普通にしているつもりなのですが、どこか違うようで「浮く」んです。自分では普通にしているつもりなのですがドコカ違うらしいのです。子供の頃からそういう自覚はうっすらあったのですが、自分では普通にしているつもりなのに「どこか違う」らしいのです。結果みんなから浮いてしまうのです。私の友人はやはり「どこか違う」ひとが多く、彼らの普通にしているはずなのですが「どこか違う」らしいですね。私にはわからないことなのですが。もしそれが「個性的」であるということなら私は「個性的」なのでしょうが、好きで「個性的」になっている訳ではありません。なんか「浮いている」だけなのですが。

 

それからこれは黒柳さんとは逆なのですが私は「歯が汚い」ことが子供の頃からイヤで、今でも「歯を見せるのがイヤなので笑いたくない」ひとなのです。黒柳さんはそんなに気にしていないようなのですが、私は自分の「歯」が異様に気になるのです。自分の「歯」が汚いのは本当にイヤなんです。でも「歯がキレイ」な黒柳さんと「歯が汚い」私、しかも「歯の汚さ」が本当に気になる私とはどこか似ているのかもしれません。

 

それから名前です。黒柳さんは発音が良いので気にならないと思うのですが、「くろやなぎ」という名前はそうとう発音しづらい日本語です。日本語の中のカ行です。「かきくけこ」はそうとう発音しづらいのです。私の下の名前はクニシゲです。自分でこのクニシゲという名前は発音しづらくて子供の頃からイヤなのです。カ行「かきくけこ」から始まる言葉は発音しづらい日本語ですね。黒柳にしてもクニシゲにしても発音が難しいのです。そして私とは違うのですが黒柳さんのファーストネームは「テツコ」さんです。タ行の「テ」と「ツ」が続いています。二音目に「ツ」が入っているマツコ・デラックスさんの名前は発音しやすいのですが、タ行が二音続くと発音しづらいのです。普通は「テッ子」と発音すると想像します。小さい「ッ」にするということです。実際黒柳さんは「トット」と呼ばれていらっしゃったのはその影響です。

 

それから「憧れて」黒柳さんはテレビの世界に入られた訳ではないようです。私は今文章を書いているのですが、私は子供の頃から本が好きで(読むだけだったのですが)以上な本好きだったらしいのです。20代にある古本屋さんが気にいっていました。仕事の帰りにその古本屋さんによって適当に3冊100円のカバーなし文庫を買って読んでいたのです。ミステリー作家のアガサ・クリスティもなんだか好きで彼女が創作した名探偵のエルキュール・ポアロミス・マープルの最後の作品だけはなんとなく読みなくなくて今だに読んでいませんが、他はたぶん全部読んでいます。私には文才はなくて中学の時になにか書こうと思って10代のひとがやる同人誌に参加したのですが書いていませんでした。主催者から書くように言われるのですが当時一文字も書けないのです。そんな中学生だったのですが、なんだかしつこく書いているウチに少しづつ書けるようになったのです。文章を書くことは今は日常なのですが、こういう生活には少しも「憧れ」をもってはいません。10代だったと思うのですが、「一人で本を読んで一人で文章を書いて死んでいくのはイヤだな」と思ったのを覚えています。結果ひとと触れ合うサービス業を長年してきて、それも良い経験になりましたが、「一人で本を読んで一人で文章を書いて死んでゆく」ようなことにはまったく憧れはないです。この文章もやがて消えてゆくような気がしますし。

 

これはニヒリズム虚無主義)ではありません。「何をしても意味などない」のがニヒリズム虚無主義)のはずですから。こうやって文章を書いていることに意味はあるような気はするのです。しかしその「意味」がなんでどういうものなのかが私にはまったくわからないのです。でも意味はあると思ってはいるのです。

 

これも「トットチャンネル」や当時の黒柳さんのご活躍とおそらく10代だった私との関係性とかかわりがある気がします。これは後で書くのですが、私は10代の頃に「黒柳さんって明日自分が消えても芸能界もテレビ業界も別に普通に続いていく」と考え、感じながら「ザ・ベスト10」や紅白歌合戦の司会をしていると勝手に考え、感じていたのです。そういう考え、感覚がある方はある種の貧しさみたいなものに行くのが普通だと想像するのです。華やかさを否定したいような気分になると思います。「どうせ自分が今すぐいなくなっても誰もたいして迷惑しないし、やがて忘れ去られてゆく」と事実私も考え、感じていますし、黒柳さんもどうようなのだろうと思うのです。でも華やかさみたいなものを否定しない感じが、どう考えても黒柳さんの中にあると長年思っているのです。一方では繰り返しになるのですが、「どうせ自分が今すぐいなくなって誰もたいして迷惑しないし、やがて忘れ去られてゆく」という考え、感じもあると想像しているのです。私がそうなのです。

 

記憶が曖昧だったので今ウィキったのですが、2014年の紅白歌合戦に黒柳さんは審査員として主演されていました。タモリさんも審査員でした。番組の冒頭で黒柳さんとタモリさんがステージにあがって話をする場面があったのですが、司会者は吉高由里子(紅組)、嵐(白組)、有働由美子(総合司会)でした。これはウィキからのコピペです。司会陣が黒柳さんがあんまり話すので困っていたのです。紅白歌合戦のある場面ですから、黒柳さんの話は面白いのですが、番組の中では長すぎたのです。でもそういう感じが私にはわからなくもありません。

 

また2015年の紅白歌合戦の司会を黒柳さんがされていました。当時黒柳さんの体調不良節が流れていて、実際黒柳さんは番組のあるポイントまではあまり話さないです。私は「やっぱり黒柳さんは体調は悪いのかな」と思っていました。同じく司会の井ノ原快彦さんがあきらかに困っていました。「黒柳さんがしゃべってくれないんだけれども」といった表情をしていたのです。でも番組の中盤で「ここは私がいうところ」だと黒柳さんが思ったのでしょう。そこでは話をされていましたし、後半に「お若い司会が本当によくて」ともおっしゃっていたのです。だから(これは私の想像です)「自分のようなベテランがしゃしゃり出るのは違うと思う。お若い皆さんに基本お任せして必要なところだけ私が話したほうがいい」という情況判断があったはずです。

 

ネタバレにならないように書きますが、今そこを読んでみて自分が勝手に膨らましていたことに驚きました。自分の中でなんどもその場面を繰り返していたのでしょう。ある場面でお若い頃の黒柳さんが黒柳さんがある事情で司会ができなくなったテレビ番組を観ているのです。

 

そこなんです。自分のなかで何度も繰り返しているウチに膨らんでいったようなのです。勝手に「自分だったらこう思う」と思って自分の考えや感覚を入れ込んでいたようなのです。

 

自分の都合で出られなくなった番組です。私なら「自分はあんなに期待されていたのだから番組はボロボロになって欲しい」と一方では思い、もう一方では「自分の都合で出られなくなったのだからそれなりに番組が成立してもらわないと困る」とも思うという自分の考えや感覚をそこに入れ込んでいたのです。

 

でも番組はごくごく普通に放送されているのです。10代だったと思うのですが、私はそうとう驚いたのでしょう。ともに違うのですから。「ボロボロ」でもなく、「それなり」でもごくごく普通に番組は放送されていたのですから。

 

それからコレは他の黒柳さんの発言や書いていらっしゃるものに接して、もうこれからは私も年なので、そうしますが、お医者さんに若き日の黒柳さんが「病気にならない方法を教えてください」と質問されています。お医者さんは名医だったのでしょう。「好きな事だけをしなさい」と答えられているのです。そうすると黒柳さんがいうのです。「今日は映画に行って、明日は友達とピクニックに行って。そんなことをしていると仕事ができないじゃないですか」と。お医者さんは「あなたね、仕事だって好きなものがあるでしょ。好きな仕事だけをするんですよ」と答えられていたのです。

 

私自身長年「仕事の9割はイヤなことだ」と思いながら長く働いてきたのですが、もうそれは辞めます。「好きな仕事だけをします」。やっとそういう風に思えたのです。

 

それから大竹まことさんがラジオで「ここは黒柳さんのやり方で行こう」と言って「はい」とおっしゃっていたのです。私は司会であるとかそういうことに関して門外漢ですから気がついていなかったのです。黒柳さんがある発言を切るときに「はい」というらしいのです。

 

私が若い友人と話をしていた時に「まとめないで」と言っていたのです。それは事実そうなのかもしれませんが、「がんばったんですね」であるとか「大変でしたね」であるとかいう「まとめ」が私にはイヤなのです。だから「まとめないで」と言ったし、私も人の話を「まとめません」。私のなかでそれをほめていうことだとしても「自分がまとめるのは失礼だ」という感覚があるのです。だから「まとまない」のです。結果とても長い時間人の話を聞いていることもあるのですが。

 

とはいいながらこの話のまとめに入るのですが、私は確かに本を読んで、あるいはテレビを観て多くの物事を学んできました。おそらく黒柳さんからも学んだのでしょう。

 

でもそれが仕事でも学校でも遊びでも、何からであっても、「学べる」のです。「引きこもって」いても「病床に伏して」いても「学べる」のです。正直いって「学ぶ」かどうはあなたしだいです。でも学ぼうという気持ちがあれば何をしていても「学べる」のです。残酷なのですが、結果分かれます。「学んだひと」と「学ばなかったひと」に分かれるんです。結果「あれコイツと同じことしかしていなかったのに、コイツはなんか違うよね」ということになるんです。本当にそうなるのです。気をつけましょうね。