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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

「ら抜き言葉」について 「関西人は関西弁にうるさい理由」

書くのも面倒なのですが、「ら抜き言葉」が氾濫しています。

 

「見られる」を「見れる」とかです。

 

これは僕が高校生の時の話です。

 

古典の現代語訳をしていました。

 

古語で「思わるる」とかあるでしょ。

 

普通に現代語訳すれば「思われる」ですよね。

 

それが当時に私には生理的にイヤだったのです。

 

だから「思うことができる」と訳していました。

 

私は熊本の人間なので、これはそうなんですよ。

 

熊本の方言、まあ九州の一部では古語を普通に使いますし、アクセントもイントネーションではなく、ストレス(強弱)アクセントです。

 

「行かる」、「行かす」、「行きなはる」という敬語の表現が普通にあります。

 

「る」と「す」は尊敬の助動詞です。

 

関西で「行かはる」というようなので、「はる」にはなにかあるのでしょう。

 

「行かる」、「行かす」、「行きなはる」の場合はあとになるほど敬意が上がります。

 

「行かる」にはほとんど敬意はありません。

 

「行かるる」もあります。

 

可能です。

 

「るる」ですね。

 

古語なんですよ。

 

ただ「る」「るる」「す」を子供の頃からつかっているモノにとって「らあり言葉」は苦しいのです。

 

ら抜き言葉」がどうだとは言えません。

 

「らあり言葉」が少なくとも私にとって使うのが苦しいのです。

 

正直いって私には「らあり言葉」よりは「ら抜き言葉」のほうが発音していて、苦しくないんです。

 

 

ただ大分のひとが「熊本のひとが『す』ってすごく使うんだけれども」といっていたので大分は違うようです。

 

日本語のアクセントが平板化していますよね。

 

平板化というのは音程の上下がないアクセントのことです。

 

昔なんですが、NHKのアナウンサーの方でロックファンがいて、当時「レゲエ」がはやり始めでした。

 

私はロックファンではないのですが、それでも渋谷陽一さんがだしている雑誌やDJやキャスターを務められていたラジオ番組はよく聞いていまいた。

 

その方はアナウンサーですから。

 

「レゲエ」を頭高アクセントで発音します。

 

ただのその方も渋谷陽一さんのラジオを聞いていたので、

 

渋谷陽一は「レゲエ」と平板化アクセントでいうという話もしていました。

 

ただ普通に考えてみてください。

 

日本語には同音異義語がたくさんあります。

 

その使い分け、聞き分けをアクセントでしています。

 

アクセントが平板化してしまうと使い分け、聞き分けが使いできないですよね。

 

熊本のアクセントがストレス(強弱)アクセントだという話はここで生きてきます。

 

日本語がイントネーションのアクセントだけではなくストレス(強弱)アクセントも取り入れ始めたということでしか解釈できないことなのです。

 

福岡の言い回しを知っているかたは多いと思います。

 

「好いとう」というしょ。

 

熊本では「好いとっ」です。

 

本来はともに「好いとる」です。

 

こういう風に日本語を変化させることを音便変化と呼びます。

 

オヤジ言葉で「知らん」といいますが、これはもともと「知らぬ」です。

 

日本語は発音が変わるんです。

 

それを音便変化とよびます。

 

その方が発音しやすいのでしょう。

 

「知らぬ」よりも「知らん」のほうが発音しやすいでしょ。

 

音便変化があるのはそういう事情です。

 

熊本で「食パン」のことを「しょっぱん」と発音するひとが多数います。

 

これも当然音便変化です。

 

「う」や「っ」や「ん」に、音を変えるんです。

 

熊本や福岡の言葉がイントネーションアクセントではなく、ストレス(強弱)アクセントだということと関連しています。

 

ストレス(強弱)アクセントで日本語を使うと音便変化を多用させないと、発音が難しいのです。

 

それが、よそから熊本にきて、「くまもとの言葉が聞き取れない」ということの理由の一つになっています。

 

「古語」を使っていますし。

 

わかりづらいと思います。

 

ついでに書いておくて「関西系の言葉」は音律でできています。

 

個別のアクセントの問題ではないのです。

 

音楽のようなものです。

 

音楽には音程がありますよね。

 

音程を外した歌はイヤでしょ。

 

関西のひとが関西弁がなまるとどうしてもイヤだというのはアレと同じです。

 

あれなんですよ。

 

ある音律があって、その音律のなかで音の高さを決めるのが関西系の言葉です。

 

私は関西弁風の言葉を使うんのですが、兵庫県の友達と話をしているときに、もし私の関西弁が不愉快なら使わないといいました。

 

彼は不愉快ではないといってくれたのですが。

 

私はさらに、それなら私が使う関西風の言葉はどこの言葉なのと聞きました。

 

彼のお母さんが四国のひとらしく、君の言葉は四国っぽいなと言っていました。

 

その音律については、一回明確に覚えているエピソードがあって、お互い関西系の言葉をつかっていて、お互いがお互いの言葉が不愉快ではないんです。

 

ただ明らかに違う音律だということもお互いにわかっていました。

 

そういうことがあるので私の日本語の話し言葉はひどいです。

 

熊本の言葉はいいんですが。

 

どれもなまっています。