世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

ヤフーテレビみんなの感想が面白いの「半分、青い。」への悪口 と ある元地方議員を言いまかした件

ある元地方議会の議員を言い負かしたことがある。彼女は障害を持っているのだが。

 

ある席でグループになったブライドの女性に私は「あれ困りませんんか」と聞いた。多目的トイレが普通のレバーではなくて小さなスイッチで水を流すようになっている件だ。あのトイレの名称も今は多目的トレイというのが一般的らしい。

 

多目的トイレは赤ちゃんのおむつ替えもできるし、お子さんがどこかに行かないように同じ個室で用を足してもいいし、荷物が多い旅行者も使っていいしという前提があったはずだ。

 

ということは、車いすのひとだけではなく、小さな子供がいるひとも、荷物がとても多いひともそれまではトイレに実は困っていたということでもある。

 

そのブラインドの女性は講演に行って「パワーポイントで作ったスライドを使いながらやります」と言われると悲しくなるとも言っていた。

 

話が元に戻すが、彼女は「困りますね」と答えたのだ。そうしたら元政治家が話に割り込んできて「点字が書いてあるんだけどダメなの」というのだ。

 

私は目は見えます。あるところのトイレが多目的トイレだけだったので、そこで用を足した時にレバーが見つからなくてヒドク困った経験があるし、あんなにスイッチがたくさんある中で、それに点字があるとしても、普通流すボタンを探すのが大変なのは当然のことでしかない。

 

それを「点字が書いてあるんだけど」というのはあまりに的外れすぎるのだ。

 

私は時々「普通に考えて」というが、その元政治家はさっぱり普通に考えられないのだ。

 

それにあまりにモノを知らない。あるひとがお金をキャッシュディスペンサーでおろそうとしたのだけれども暗証番号を押せないので銀行員のひとに「暗証番号を教えますから変わりに押してお金をおろしてください」と頼んだら断れたという件に関して「その銀行員の対応はなったない」とかいうのだ。

 

暗証番号を銀行員がしってしまうことは大問題だ。彼らは一般のひとではないのだ。そういうひとが顧客の暗証番号を知ってしまうことにはあまりに問題が多すぎる。

 

そして銀行側が「それじゃ二人用意しますから一人に上二けた、もう一人に下二けたを教えてください」という対応があったという話が聞いて私が「いいアイディアですね」とか言ったのだが「なんでそんなことするんだろう」とかいうのだ。

 

結果言い負かしたのだが。

 

私が腹を立ててそうしたのは「何をどう言っても話がさっぱり通じないことにいらだったから」だった。

 

読んでいなかったのだがヤフーのトップページからヤフーテレビにいくと「みんなの感想」が読める。

 

悪口が多いのだが、そうとう面白い。

 

半分、青い。」に関しても死ぬほど悪口が書いてあった。

 

その原因を想像したのだが今書いた例と同じだと思う。

 

半分、青い。の脚本家北川悦吏子は話がさっぱり通じないヤツだ」といういらだちがあったと思った。

 

それが良いことかどうかは別問題だが日常生活でも仕事でもいろんなそうというイヤなことに多くのひとが辛抱しながら働いている。

 

それが良いことかどうかは別問題だのだが。

 

私は「半分、青い。」は一回も見たことがないのだが北川には「私はイヤなことに辛抱なんかしない」という感じがある。そして「イヤなことにそうとう辛抱しながら暮らしくているひとを理解することができない」という感じもある。

 

みんなの感想の罵詈雑言はドラマの構成であるとか具体的なエピソードに対する批判というよりも「私にはイヤな思いをして暮らしていくことの意味が分からないの」という北川が意図してなかったメッセージが視聴者に伝わったことによりものであるはずだ。

 

事実イヤな思いを押し殺して生きていく必要はないのかもしれない。

 

別の脚本家が同じことをしても、そんなにイヤな感じはしなかったと思うのだが。

 

たとえばツイッターで北川は事実の検証をしている。以下はその文章。

 

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「すみません、怒られるかもしれない、と言った舌の根も乾かぬうちに、また質問です。(だって、どうしたってツイッターで聞くのが一番早い!!)。
1971年前後生まれで、地方公立高校出身の方。兼部ってありました?体育系と文科系の兼部です。ふたつ入ってる。テニス部と美術部、とか」

「1971年前後生まれの方に質問です。高校3年生の時、自分の部屋に(家族と共に暮らしていると想定します)、テレビってありましたか?
音楽は、何で聞いてましたか?オーディオセットは自分の部屋にありましたか?」

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文章に厚かましさがにじんでいる。厚顔さだ。でももし北川がこの文章を読んだとしたら

 

「あの文章のどこに厚かましさがにじんでいるんですか」と質問するような気がする。

 

そういうことを何も考えないでひとに質問できる感性が厚かましい感性に他ならないのだが。

 

それにこのドラマのタイトルの「半分、青い。」というタイトル内に句読点を入れて意味やニュアンスを求める感じ(センス)も厚かましいと私は感じる。

 

ドラマの予告を自分のツイッターでして「神回」と書いてしまう感じ(センス)も厚かましい。

 

「神回」とかそういうことは本人がいうことではなく、ひと様に言ってもらうことだ。

 

さらに朝ドラの後のワクの出演者の中から博多華丸だけを相手に収録で対談を申し込んだのも厚かましい。

 

華丸は「仕事だからやるけどさ」と思って引き受けたはずだ。私は正直「華丸仕事とはいえ大変だな」と思った。北川には「イヤなら華丸さんは断るはずだ」というくらいの仕事観しかないんだと思ったし。

 

「イヤなことでも仕事ならやる」ということが素晴らしいかどうかは別問題だ。

 

だけれども今の日本人の多くは悪口を言われても、屈辱的な思いをしても、耐えて、働いてお金を稼いている。

 

北川悦吏子って何をどう言ってもさっぱり話が通じやしないようなヤツだよ。そういう連中は世間にいくらでもいるよね。世間でそういう連中にイヤな思いをしてるのにNHKの朝の連ドラでもイヤな思いをするのはたくさんだ。みんなの感想で悪口を書こうかな」と多くのひとが思ったとしても私は当然だと思う。

 

実際話がさっぱり通じやしない連中が山のようにいる。

 

たとえば北川悦吏子がこの文章を読んだとしよう。

 

そうしたら「なんであなたはそんな風に感じるの?」と質問するような気がする。

 

あんたがそんなことを普通に質問するようなヤツだからだよ!