世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

(これは悪口ではありません)組織って仕組みづくりが大事だから テレビ報道の行き詰まり 時代はメジャーチェンジ

私はテレビを見なくなっています。ある時に夕方のニュースを観ていて「このニュースキャスターは安定感があっていいな」と思っていました。

 

彼はジャーニーズ事務所のアイドルでした。私は「だから髪型がちょっと変わってたんだ」と思いはしたものの彼のニュースキャスターとしての安定感はとてもいいと思ったのです。

 

筑紫哲也さんがニュース23をやっていた頃に話題になっていたことがあったのです。

 

「筑紫さんに編集権を持たせてあの番組の編集長をやらせるのが筋なんじゃないかな」と。

 

今の日本は保守系のメディアとリベラル系のメディアに別れています。

 

いろいろ話題になった後に終わった「クローズアップ現代」(今はクローズアップ現代プラス)はとてもニュートラルな番組でした。

 

民主党政権の時に当時の民主党政権の要職についていたひとがゲストで出演されていたのですが国分裕子さんの普通の質問に何度も困っていたのです。こたられなかったのです。

 

だから国分さんの質問への答えは「そんな仮定の質問には答えられない」というものでした。

 

職場で上のポジションにいるひとは職場のシフト作りがとても重要な仕事になります。あるひとがクローズアップ現代にコメンテーターとして出演された時の話を書いていました。

 

若いディレクターが半年かけて取材したVTRの編集に立ち会ったというのです。

 

国分裕子さんは文字通り「アンカーウーマン」だったのです。リレーの最終走者を「アンカー」といいますよね。「アンカーウーマン」というのはやはり番組の最終走者なのです。

 

多くの人々の取材等を最後に引き継ぐひとだという意味で「アンカーウーマン」だったといえるのです。

 

でもいくら優秀なスタッフでも「この話題一日で取材して来い」といわれてしまってはまともな取材ができるはずがないのです。

 

元地方紙の記者がいっていたのですがもちろん日々のニュースも追いかけるのだけれども自分が興味を持っていることの取材もしていたということでした。

 

今のテレビ報道の行き詰まりは「良いシフトが組めないこと」に問題があります。

 

いくら予算がなくても「空いている時間には好きな取材をしていい」というシフトが組めるのなら現状のテレビ報道の体たらくはないはずです。

 

若いひとであっても「そのひとに裁量を持たせて好きな取材をさせる」という発想がいつの間にか今のテレビ報道にはなくなっています。

 

たとえば大規模災害があったとします。現実問題としてニュースキャスター本人が現地に入ったからといってそのニュースキャスターには「現実はこうだったのか」ということが分かるという意味以外の意味はほぼないのです。

 

もちろん皮膚感覚として「現実はこうだったのか」とわかることも重要です。

 

だけれどもニュース番組が伝えるべき事柄は「現実はこうだったのか」というような抽象的なことではありません。

 

大昔にオウムの事件が起きた時に私は「この事件は20年30年かけて取材するような事件だ」とおもいましたし東日本大震災の時には「50年は取材しなきゃ」と思っています。

 

現実にいわゆるニュース番組はそうしたでしょうか。私にはそうは思えません。

 

この件は単にテレビ報道だけの問題ではありません。

 

今の日本の大企業では良いシフトがくめていないはずです。

 

日本企業がよかった頃には三つのものがあったといいます。

 

「ブラブラおじさん」「喫煙所トーク」「闇研」の三つです。

 

「ブラブラオジサン」には知識も経験もあるので「あそこの部署でこういう研究をしてるんだってさ」とある部署と違う部署の仕事を組み合わるような世間話をうまくしていいたのです。

 

タバコは体に悪いのですが「喫煙所でウチこんなことやってんですよね」というようなことをいうのが組織の潤滑油になっていたようですね。

 

そして研究しようと思うと研究施設が必要なので自分が研究したいことを企業の研究施設を使ってやるのが闇研です。

 

変革には「小さな変革(つまりマイナーチェンジ)」と「大きな変革(つまりメジャーチェンジ)」があります。

 

カローラカローラですよ。でも毎年モデルチェンジをしますよね。あれがマイナーチェンジです。

 

でもトヨタトヨタブランドの力はつかわないで高級車であるレクサスを作り上げました。

 

レクサスは単に自動車だけの問題ではありません。世界中に(トヨタのディーラー網はすでにあったのに)ゼロからレクサスのディーラー網を作る必要もありまたしやそれまでなかった(存在しなかった)レクサスという高級車を世界中に認知させるための努力も必要だったのです。

 

余計な話ですがソニーのエクスペニアがサムスンのギャラクシーに負けたというような報道がやめて欲しいのです。

 

スペック上ソニーのエクスペニアはいわばクラウンです。サムスンのギャラクシーはいわばカローラです。

 

ソニーのエクスペリアがサムスンのギャラクシーに負けたという発想は「シェア」を問題にしています。

 

カローラとクラウンのどちらののシェアが大きいでしょうか。もちろんカローラです。

 

カローラは大衆車ですから。

 

この件については稿を改めますが。

 

ただ時代はメジャーチェンジを求めています。

 

大企業は自社ビルをもっていると思うのですが大企業の自社ビルはどこも似たようなビルですよね。

 

そのこと自体が問題です。しかもたいてい港区にあるでしょう。それも問題です。

 

よくわからない場所によくわからない建物であるような自社オフィスビル(もう今の時代であれはビルとも呼べないような)を絶てるくらいのメジャーチェンジが必要になっています。

 

そういう変革を可能にするのは「一芸入社」で入って来た社員のはずです。

 

その比率は不明ですが一芸入社で入って来たひとのほとんどは鳴かず飛ばずで終わるはずです。ただ1000人に一人か1万人に一人かという割合で大ヒットを飛ばすひとが現れるのです。その人がいわば御社の救世主になります。

 

「一芸入社」で何人か取ったけどダメだったと思うのは考えが違っています。

 

1万人取って一人が大当たりするのが「一芸入社」でひとを雇う意味なのです。