成熟って大人になるというだけの事なのですが、これを拒否している人たちがいます。
女性の場合はちょっとわからないのですが社会学者の田島陽子さんが「結婚すると結局自分は母親みたいになってしまう」と発言されていたので、女性の成熟拒否は自分の母親みたいにしかなれないという可能性はあると考えています。
ある時に私がある女性に「成熟」といったのです。聞き流せばいいだけです。でも彼女がわざわざ私の発言を訂正するのです。「成長」なのだそうです。死ぬほど失礼なひとでしたが。彼女いわく「死ぬまで成長」なのだそうです。それが彼女の考えで自由なのですが、わざわざ人の発言を訂正する失礼極まりないことをして何も感じないような人でした。彼女には悪いのですが、彼女より私ははるかに年上でした。そういう失礼なこと(つまり礼儀な失していること)を普通にするような人たちが死ぬほどいて迷惑しています。
論破はもちろん可能です。「成熟した後も成長は可能だから」です。カンタンなことにしかすぎません。彼女には当然言っていませんが。
その人は母親みたいになりたくない人だった可能性があります。ここは私にはわかりませんが。変な人でしたし私はそういう人たちには死ぬまで関わりませんが。
男の成熟拒否ってあってシンボルはタバコです。自分は「汚れたくない」と感じているひとがいるようなのです。
タバコは100%害です。タバコを最初から吸わない男の中に「汚れなくない」と思っている(考えている、感じている)ひとがそうとういます。
あの「汚れなくない」という感覚が私にはわからないのです。ある種の男性は自分が「汚れること」を死ぬほど嫌っています。タバコは吸わないほうがいいです。でもある種の男性が「汚れなくない」と明確に思って(考えて、感じて)います。
いますよね。そういうひとたち。私にはあの人たちがまったくわかりません。