世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

東野幸治さんにダメ出しします キングコングの西野亮廣 (にしの・あきひろ)さんはずっと応援しています

九州は電波の状況がへんで関西のラジオが聴けたりします。でも韓国や北朝鮮なのでしょうか、あるいは中国なのかよくわからないのですが、そういう電話が海を渡ってくるので関西のラジオ局の電波より強かったりするのです。大分の友達のところに遊びにいったら四国のテレビ局の番組を見ていました。陸地は電波をさえぎるものがあるのでしょうか。私にはよくわかりません。海は電波通りやすいようです。

 

東野幸治さんを私の仲間にしてはいけないとは思うのですが、私は「人間的にダメなひと」なんです。その「ひととしてダメな存在」なのです。私は昔から東野幸治さんが仲間に思えて、そこが好きなんです。

 

私は確実に「人間的にダメなひと」ですし「ひととしてダメな存在」です。でも「一応いさせてください」みたいなひとです。「いてもいいでしょうか」みたいなひとです。私はそういうひとなんですが、確実に「自分はいてもいい存在だ」と確信しています。そこは説明できないのですが、「自分はいてもいいな」と確信しています。でも当然ときどき「怒られています」。私みたいなひとは時々「怒られる」んです。「あなたがやっていることはダメですよ」と。当然です。「ひととしてダメ」な訳ですから。そういうダメ出しを受けて軌道修正しているんですよ。「ひととしてダメ」でもダメ出しをする気になるひととそうじゃないひとがいます。そしてダメ出しを受けて軌道修正が出来るひととできないひとがいるのです。私はダメ出しをくらしますし、軌道修正するので「いても良い」に違いないと確信しているのです。

 

東野幸治さんを私は「このひとは私の仲間に違いない」と昔から思っていて、好きなんですよ。またリンクをはるのですが、朝日放送の正義のミカタの司会が時々ひどいので、あれはなんとかしましょう。

 

www.asahi.co.jp

 

東野さんが「このコメントは誰にふったらエエねん。こんなん誰にもコメントはアカンやんか。危ないこと言わんといてや。頼むよ」という場面で決まって先輩の女性芸人さんに振っているんです。結果「ねえちゃん、どない思う」なのですが、不正確なのですが、多分海原ともこさんだと思います。ともこさんが良いコメントを毎回していますし、東野さんが困ると100%海原ともこさんに振るし、ともこさんもうまいから放送上問題もないし、ともこさんも毎回的確なコメントをされています。

 

でも東野さんはアレは基本ダメですよ。しても良いですよ。でもああいう事をするのなら海原ともこさんにギャラとは別に「お食事でも、お酒でも、ごちそうします。ほかの芸人に内緒ですよ。めっちゃ世話になってますやんか」くらいことはしないとダメですよ。東野さんが「困ったときの海原ともこ」になってるでしょ。あれはダメですよ。結構危ない話題も扱っている番組ですし、東野さんが司会者として困る場面が多々あります。そういう番組ですから。だけれども「困ったときの海原ともこ」になっていますよ。

 

東野さんがテレビ司会者で良いのかなと正直私は思っています。結構ダメなひとだと勝手に思っているからです。でも「芸能界」とか「プロスポーツの世界」とか「言論界」とかある種とびぬけた人の中になぜか「あなたは私同様人間的に問題がありますよね」というひとがいます。もちろん人間的に立派なかたもおいでになります。

 

この文章を読んでいるあなたが「人間的に問題がある」としてもそんなに心配する必要はないのです。私が「人間的に問題があって」、その件で結構怒られながら軌道修正して普通に暮らしていますから。それができればいいと思うんですよ。

 

東野さんも司会者としてしょっしゅう困っているようです。でも東野さんがこまったポイントが番組上良いポイントなんです。「コイツ何いうねん。これテレビやんか。ちょっと考えてもらわなオレが困るやん」というポイントが番組上良いところになっているんです。テレビですし、番組ですから司会者として東野さんが困るのは当然なのですが。東野さんが(多分ですが)私同様「人間的に問題がある」のでそこは頑張ってほしいのですよ。

 

これが東野幸治さんへのダメ出しです。

 

ドランクドラゴン鈴木拓塚地武雅)がいますよね塚地さんはたぶんご活躍されいるのでしょう。でも私は鈴木拓さんが好きなのです。鈴木さんがどうも「ひととしてダメ」なのではないのかなと想像しているからです。

 

鈴木拓さんのあの感じはやっぱり「ダメな感じ」でしかないと勝手に決めつけていて、なおかつ私は好きなんです。あのひとを東野幸治さんが司会者として起用するべきでしょう。東野さんには悪いのですが、どこか似てますから。

 

最近私はテレビをさっぱり見なくなってしまっています。私が勝手に言っているのですが、物事にはサイクルがあると思うのです。四季であるとか一日にもサイクルがありますよね。

 

春、夏、秋、冬であるとか、夜明けの時期、日中、夕方、夜とか。ここでは4つに分けます。「黎明期(夜明けの時期です)」、「全盛期(昼間です)」、「爛熟期(夕方です)」、「衰退期(夜です)」。「衰退期(夜)」が終わって、新しい「黎明期(夜明け)」が来ると仮定しているのです。日本映画のホントにダメだなと時期があったのです。でも復活しましたよね。このサイクル理論の怖いところは終わりがないところではあります。夜が来ても、その後はまた朝にしかならないのですから。でも私はやっぱり物事にはサイクルがあると思うのです。

 

そしてテレビは「衰退期(夜)」ですね。これは誰かの努力が足りないとかそういうことではないと思いますし、インターネットが出現したからテレビが弱くなったとかそういうこともないと思うのです。やっぱりサイクルがあるのです。

 

ひと昔前ならテレビで活躍していたはずの優秀な人たちがテレビに出ていません。これはラジオ番組です。TBSラジオで放送されています。

 

www.tbsradio.jp

 

以下はTBSラジオのウェブからのコピペです。

 

2008年、売れてない芸人3人でひっそり始めた自主制作のポッドキャスト番組をTBSラジオが異例の輸入!
モットーは「屁理屈をエンタテインメントに!」
エンタテインメントとインタレスト、2つの意味の「おもしろい!」を両立させた刺激的な内容を3人のおじさんが「屁理屈」たっぷりに語る

 

この番組の姿は芸人さんだけではなくて一般にも通用する姿です。一応名前は書いておきます。マキタスポーツさん、サンキュータツオさん、プチ鹿島さんの三人で今誰でもポッドキャストがやれるので勝手に初めているのです。こういう姿が今の日本でやるべき姿なのです。「そんなところであなたは何をしているんですか」という場所で勝手に始めるの正解なんです。今の日本はそういう時期のようで、既成の素晴らしいものであるとか素晴らしい何かのなかで優秀なひとがやろうとしても失敗しかしないと私は勝手に思っているのです。いわゆる「大企業」とか「良い仕事」みたいなものが軒並み厳しい状況なんです。だから「そんなところでそんなことをしていたって」というところで勝手に始めるのが正解なんです。

 

たとえばお笑いが好きなひとはラバーガール(飛永翼、大水洋介)のお二人のネタが好きです。でもラバーガールをテレビで観ることは基本ありませんよね。これはラバーガールに限ったことではないのです。

 

レンタル屋さんに「お笑い」のDVDのコーナーが普通にあります。あのコーナーで今の日本のお笑い好きな連中は好きな芸人さんの新しいネタのDVDが出たらレンタルしてみているのです。サンドウィッチマンも私は一頃よくレンタルDVDで見ていましたし。

 

お笑い芸人さんも、もはやテレビで拾いきれなくなっているのです。テレビは本当にマズメディアですから普通に視聴率10%を取る世界です。視聴率も謎だらけなのですが、あれが明確になっては困るのです。私のテレビに対する好みを誰かに把握されたくないのです。あなたも同様ですよね。ネットサーフィンがそうです。検索履歴を消していますよね。私も消しています。「コイツこんなワードで検索したんだ」ということがばれては困るのです。誰もが困ると思います。視聴率10%を取るようなメディアは他にはないはずです。そこがテレビのすばらしさであり、怖さです。ものすごく雑にいえば全国ネットテレビの場合日本人の10人に一人(そんな単純なことでは当然ないのですが)が観て視聴率10%です。怖いと思いませんか。

 

商売の世界でニッチという言い方があります。ニッチというのは隙間のこともです。私もずっとニッチでやってきたのです。隙間でやってきたということです。本来メインストリームだったはずのところが何故か調子が悪く、本来隙間でしかなかったはずのところの調子がいいのが今の日本社会です。

 

そういうことは、日本だけではないと思うのです。本来のメインストリームが調子悪いく、隙間でしかなかったところは調子がいいのです。

 

問題は「生活」です。お金を稼ぐ必要性があるのです。でも芸人さんがレンタルDVDやポッドキャストでお金持ちになれるのなら、それが良いとあなたは思いませんか。いいですよね、それ。これは芸人さんに限った話ではありません。お金は必要なんです。暮らしていく必要があるのです。

 

そこがとても重要なんです。私にもあなたにも。そうでしょ。だから私はなんかやっていますよ。じゃないと食べていけないから。でももうイヤなことはしないですね。もちろんそのためには勉強が必要です。

 

ワイドナショー」も最近は観ていません。あの番組のコメンテーターの書いた本を勝手に勝って私は勉強しているからです。ここに来て本が良いです。テレビで人気の池上彰さんには当然著作があるので本を読んだ方が私には早いのです。内容も当然まとまっていますし。対談本という存在があるのですが、本を作るなかでは簡単な本のはずです。でも対談本を作るためには8時間とか10時間(これはトータルでです)の対談が必要なはずです。いくら池上さんがテレビで人気だといっても池上彰特番を8時間とか10時間放送するのは不可能です。でも本を作る上では対談本は簡単に作れる本なのです。

 

ワイドナショー」でも東野幸治さんがこまっていた場面が私は面白かったのです。やっと登場なのですが、キングコング西野亮廣(ひしのあきひろ)さんがいわゆる「マジメなこと」を言っていたのです。東野さんが困っていました。西野さんの「お笑い世代論」みたいなものが「ワイドナショー」にあわなかったのです。アレはテレビ司会者として困る場面です。東野さんが困って、あの時は「俺らには才能ないねん」と言っていましたが。あの仕切りも面白かったのですが。あの仕切りができるあたりが東野幸治なんでしょう。

 

マジメな話キングコングの西野さんが当時だから2ちゃんねるだったのでしょうか、そういう人と喧嘩をしていたのです。わざわざ仕事が終わって家でかえってPCを立ち上げて「お前らは」と西野さんがやっていたんですよ。そのあたりから好きでした。一頃の2ちゃんねるが強力だったのです。普通は関わらないようにしていたんです。ネット民だとしても、彼らに関わりを持つことはしなかったのです。それが普通でした。昔なのですが2ちゃんねるが強力すぎて、あそこにスレッドが立ち上げることさえ怖い存在だったのです。そういうところで西野さんがケンカをしていて、私は尊敬していました。

 

西野さんは、おそらく「ひとしてダメ」な存在ではないと思います。良い意味普通なんでしょう。2ちゃんねるでスレッドを立てていたひとも普通のひとだったのでしょうが、今は違うのですが一頃の2ちゃんねるにからむと全員独特の気分みたいなものになってしまうのです。私もそうだったので2ちゃんねるに触れることさえしていませんでした。西野さんが良い意味普通だというのは悪口ではなくて、一頃の2ちゃんねるに代表されるネット民の発言を普通に取ると腹が立つような世界だったのです。今コピペサイトがありますよね。2ちゃんねるからのコピペサイトもあって、あれは普通に読めますが、一頃はああいうこととはまったく違っていたのです。本当に独特だったのです。あそこに巻き込まれる誰もが問題のあるようなことをしかねないような世界でした。

 

西野さんが絵本を出しました。あのあたりまで私もテレビを観ていたのでしょう。西野さんは絵がうまいのです。書き込むタイプなのです。私がちょっと絵を書くのでわかるのですが、あの細かく書き込む感じは絵のタイプの一つとしてあるのですが、膨大なエネルギーが必要です。私は描き込まないタイプの絵しか描きませんが、それでもそうとうエネルギーを使います。あの細かい書き込みをしようとすると私がつかっているエネルギーの数十倍のエネルギーが必要なはずです。

 

西野さんのある種のマジメさで、そういうところがあるから「浮く」のですが、ご自身が「絵がうまいことにある種の言い訳」をされていました。別に「才能がある」で良いのですが、そういうことが西野さんには言えないんでしょうね。なんか「こういうことを絵をいるうちに描けるような話」をされていたんです。そういうところが私は好きな訳です。

 

なおかつ絵本の絵をネットに全部西野さんが上げたのです。あるかたが「西野さんは一流のマーケッターだ」と書いていました。普通絵を書いて、それをネットに上げると絵本が売れなくなると考えて、そんなことはしないものなのです。

 

でも活字というかテキストメディアでもそうなのですが、ネット上のテキストではどこか満足できなくなるところがあります。私自身も(短いものだけですが)良いテキストのコンテンツは印字してもっています。あるいは「本になってないかな。電子書籍でもいいんだけれども」と思って探して、あったらお金を出して買っています。

 

絵でも当然そうです。ネット上に良い絵が上がっていたら、「これを良い印刷をしたものはないのかな」という気持ちになって、買うんです。ただそれはある種怖いことです。ネット上だけで皆満足して絵本が売れなくなると思うと怖いんです。良い印刷と書いたのですが、良い印刷をしようと思うと自宅のプリンターレベルでは無理なんです。マジメな話「紙の質」も大事になるんです。いわゆるコピー用紙では限界があるのです。

 

西野さんがそこまで考えていたとは私は思いません。ある種のカンのようなものだったのではないか想像しています。

 

そのカンは当たったのです。絵本は大ヒットしましたから。本にはジャンルがあります。小説は結構売れるジャンルですね。でも絵本というジャンルはマーケット(市場)が小さいものです。そこで大ヒットがやはりすごいことなのです。

 

これは悪口ではありません。又吉直樹さんの「火花」が売れました。芸人さんで芥川賞作家ということがよかったのでしょう。「火花」は「小説」というジャンルなのである程度売れることはありうることです。

 

でも西野さんの場合は絵本です。絵本を売るのはとても難しいのです。

 

西野さんは絵がうまいだけではなくて、やはり一流のマーケッターなのです。

 

私はキングコング西野亮廣さんをずっと応援しています。東野幸治さんは私にはどうも私と似たようなもんじゃないのかなと思ってダメ出ししました。