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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

吉田拓郎さんは20年早かったな

私は吉田拓郎さんに長年興味がありませんでした。これはたんに私の好みでしかないのですが、吉田拓郎さんと私の出会い方が悪かったのです。

 

すごくいい歌なのでユーチューブのリンクをはるのですが、「落陽」という歌があります。ある時期の代表作です。

 


「落陽」吉田拓郎

 

この頃に拓郎さんが組んでいた作詞家が岡本おさみさんなのです。これはたんに私の好みなのですが、岡本おさみさんと組んでいる拓郎さんが私が最初につよく印象に残った「吉田拓郎」なのです。この頃の拓郎さんが私はどこか好きではないのです。今でもそうです。これはたんに私の好みにしか過ぎないのですよ。ホントに理由は不明なのですが、どこか私は好きになれないのです。まったく原因不明です。「落陽」はとてもいい歌ですし、文句をつけるところはありませんから。でもなぜか今でも好きにはなれません。

 

なんともいえないところなのですが、森進一さんに拓郎さんが曲を書いています。「襟裳岬」です。

 


森進一-襟裳岬

 

森進一さんがこの歌が歌いづらいようで若干メロディをかえています。この歌の歌詞も岡本おさみさんなのですが、「襟裳岬」は好きな歌です。同じ岡本おさみさんの歌詞なのですが、「襟裳岬」は当時から私がとても好きな歌なのです。ちょっとウィキったのですが、森さんも「襟裳岬」の前はそうとうな苦境だったようです。

 

変な話なのですが、「襟裳岬」を拓郎さんがうたって、「落陽」を森さんが歌っていたとしたら私はすぐ拓郎さんのファンになっていたのと思います。もちろん歴史にイフはないのですが。

 

拓郎さんは「字余り」の歌詞を書くことで有名だったのですが、この歌詞の文字数はとても多いのです。「歌詞の情報量が多い」のです。この「歌詞の情報量の多さ」はヒップホップ以降の日本のポップミュージックでやっと一般的になったのですが。拓郎さんの「歌詞の情報量の多さ」は70年代に行われたものなのです。そういう意味で拓郎さんは20年早かったのです。当時もヒットメーカ-だったのですが、20年早いひとなのです。