世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

wisdomって本当に「鋼のよう」です 佐野元春さん

wisdomとは研究社のユニオン英和辞典第二版によれば「1、賢いこと、賢明、知恵、分別 2、学問、知識、博識」だそうです。

 

あの歌に挑戦して、佐野元春さんは「自分はプロデューサーがいたほうが良いタイプのミュージシャン」だと考えたと勝手に想像しているのです。

 

「ヤング・ブラッド」です。

 

私は当時「このタイトルはすごい」と思ったのを覚えています。

 

必ずしも「良い」という意味ではありません。

 

あまりに「極端だから、あまり力がはいっているから、うまく評価できない」という意味で「スゴイ」と思ったのです。

 

「ヤング・ブラッド」を日本語訳するとすれば「若き血潮」です。

 

「若き血潮」というタイトルに正直当時の私はそうとう引きました。

 

日本人が詩歌で「血」という言葉を使うことは、ある程度普通のことなのかもしれません。

 

ただ私にはそれを語るだけの知識がないのです。

 

これは専門の方に語っていただきます。

 

この歌の中に「鋼(はがね)ようなwisdon、輝き続けるfreedom(自由)」というフレーズが出ています。

 

強力な違和感を当時覚えたのを記憶しています。

 

「wisdonは鋼(はがね)のようですか、freedom(自由)はそんなに輝いているのかな」と。

 

でもおそらくそうなのでしょう。

 

このコンテンツを書いていて、「こういうことを書くのはどうなんだろう」としょっちゅう思っているのです。

 

ただ、こうとしかなりえないと思うから書いているのです。

 

私というより、wisdomの論理展開や結論がどうしてもそうなっていまうのです。

 

バカでしかないのですよ、私は。

 

でも「どうしてもそうなるよね」と思うから「書いて」います。

 

本当にwisdomは鋼(はがね)のようで、私にはどうしようもないのです。

 

私にはwisdomに逆らうことが出来ないのです。

 

wisdomは本当に鋼(はがね)にように強靭で強すぎるのです。

 

結果私はバカなことを書いているのです。

 

好きで書いている訳では必ずしもありません。

 

そうとしか言えないし、そういう論理展開にしかなりえないし、そういう結論にしかなりえないと思うから、ほかに選択肢がないので書いているのです。

 

そういうことは普通はバカでしかないのですが。

 

wisdomがあんまり鋼(はがね)のようだから私には選択肢がないのです。