読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

ネット社会では 「からまない」ほうがいいひとが沢山います。

ある方に私がからんでしまって、その方が激怒したことがありました。

 

本当に申し訳ないと思っていますし、もうリアルだろうとネットだろうと、その方には「からまない」と私は決めました。

 

本当に申し訳なく思っているからこそ、もう「からみません」と決めたのです。

 

そういうことは普通にあります。

 

ネットだろうとリアルだろうと「からまない」ほうが良いかたがいます。

 

「炎上」させたい気持ちもわかりますし、全「炎上」が悪いとも私は考えていません。

 

これはリアルの話です。

 

前にも書いたのですが、友人から電話がかかってきたときに、私がわざわざ出てアタフタしていたのです。

 

その時間帯は朝だったので、その友人は「ここで怒られる一日中ブルーなんで、この炎上はイヤだと思った」と言っていました。

 

もちろんあとで逢ったときにですが。

 

私も結構思っているのです。

 

「そのお怒りはごもっともです。私が100%悪いです。ただあなたはお怒りが私にとっては結構つらいんです」と。

 

それはリアルだろうとネットだろうと、そうです。

 

それを「炎上」というのは違うのかもしれません。

 

ただ、そういうことが結構あります。

 

あれは結構つらいでしょ。

 

こっちが100%悪いのです。それは重々わかっているのです。

 

わかってはいるのですが、あなたもアレはツライでしょ。

 

ある本を読んだときには、そういう経験が十分あったので、そう思ったのだと思います。

 

その本は面白かったのですが、この著者のかたには「からまない」ほうが良いなと判断しました。

 

ネットだろうとリアルだろうと「このひとにからんではダメだ」という方がいます。

 

いますよね。

 

ある年齢の時に修行みたいな意味で、そういう方に絡んでイヤな思いをすることは必要なのかもしれません。

 

ただある年齢や、ある状況いこうは、そういうかたと関わらない方が良いです。

 

お互いイヤな思いしかしないでしょ。

 

お互いがイヤな思いしかしなのです。

 

私もそういうことでそれなりにイヤな思いをして、今は「このひととはからまない」とか決めているんです。

 

その前の状態で「このひととからむとイヤな思いしかしないのはわかっているのだけれども」と思って「からむ」のは「修行」みたいな意味があるので必要なことなのかもしれません。

 

ただそれは永遠にやることではありません。

 

ある年齢や、ある状態がくると「もういいかな」と思えるものです。

 

それがもうムダに「からむ」のはやめるみたいですね。

 

その前の時期は、そういうことでしか多分ないのでしょう。

 

それはマゾヒズムではありません。

 

私にもそういう時期がなんかありましたし。