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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

そこは本来いうだけ、「寸止め」です。

今の私は完全にオヤジです。

 

LGBTの問題とは別におばさん要素も多いと思います。

 

職場でイヤなひとにいますよね。

 

どこでもそうです。

 

ある職場であるひとがイヤなひとを怒鳴りつけてやめました。

 

私を含めた全員が「やめとけ。そのひとに腹を立てたってあなたが損をするだけだよ」とハッキリとは言えないのですが、表情やその他で、そういうことを伝えて止めていたのですが。

 

そのひとが辞職した件に関しても、「正直言って、あのひとに腹を立てて、ここを辞めるようならどこでも仕事は続きません。なぜならああいうひとがどこにもいるからです」とひどくつめいたい気持ちでいます。

 

女友達と話をしていて、「仕事のグチとか、明日仕事に行きたくないといわれたときにどうするのか」という話になりました。

 

彼女は一言で終わるといっていました。

 

「で?」です。

 

「だから何?それは何の話なの?」という意味です。

 

私は「じゃあ、仕事やめたら。だって仕事がイヤなんでしょ」です。

 

愚痴りたいひとは愚痴りたいだけです。

 

そういう話を別の女友達としていたことがあります。

 

お金を払う必要はあるけれども、いい飲み屋のママさんやホステスさんが、そういう話は死ぬほど聞いてくれるから、そういう商売なんだから、俺たちに言わないでほしいよねと。

 

グチは本当にただのグチです。

 

それ以上でも、それ以下でもありません。

 

基本無意味です。

 

ここ一番で言う、言わないというときに「いう」というチョイスをすることには意味がありますが。

 

それ以前にそこまで悩んでいるひとはグチは一言もいわないものです。

 

経験上やめるひとは「あっ、ここダメだ」と内心思っているだけです。

 

そしてスッと辞めます。

 

実際ある職場で「このひと困ったな」というひとがいました。

 

そのひとが移動になって、あるひとと働き始めて、私は楽になったのですが、

 

一緒に働いているひとが、そのひとの仕事ぶりはちょっとヒドイと言っていました。

 

そういうひとです。

 

どこでもいます。

 

ただ彼は「あのひとに普通に仕事上の注意をすると喧嘩になるから黙っている」と言っていって、ある日すっと辞職しました。

 

そのひとと一緒だったころに、そのひとが大嫌いな同僚がいたのですが、そのひとはちょっと不器用でした。

 

ですから私はそのひとにたびたび耳打ちをしていました。

 

実際にそれはしないのがお互いの前提なのですが。

 

「Aさん、次の休みにあのファミレスに集合して朝から晩まであのひとの悪口をいいましょう」と。

 

それはしないんです。

 

ただ言ってるだけです。

 

ある種のひとたちはそれを実際にしていますよね。

 

そういうことをしても、私は気持ちは晴れないと思います。

 

しないほうがいいことです。

 

もちろん、盛り上がります。そういう種類の話題ですし。

 

アッチコッチでそういうことをしているひとがいます。

 

いるでしょう。

 

ああいうことって、私がAさんに耳打ちしてたように「言うだけ」にしておくようなことです。

 

うまく言えないのですが、目くばせとか、耳打ちで終えることです。

 

気持ちはわかるんですよ。

 

でも実際に「して」気持ちが晴れますか。

 

はれないでしょ。

 

そういうことでしかないから、「いうだけ」、「寸止め」なんです。

 

あるんですよ、そういうことが。

 

「話題」にしておくとおもしろいのだが、「実行」するとつまらないようなこと。

 

それは「話題」にとどめるのが筋でしょ。

 

だって「実行」してもつまらないのだから。

 

余計にうっぷんがたまってしまうでしょ。

 

だから目くばせとか耳打ちでおえるようなことです。

 

「このひとは・・・」と何人かで思うことがあります。

 

それはそうです。

 

だから、その場、その時に、お互いにわかるでしょ。

 

「このひとも同じようにイヤだと思っている」と。

 

それで「目くばせ」とか「耳打ち」で終えるんです。

 

「だよね」ということです。

 

実際に集まって、そのひとを悪く言うと気が晴れるような気はします。

 

だけれども、やってみると気は晴れないんです。

 

私もしたことがあります。

 

だからわかります。

 

いくら悪口をいっても気は全然晴れません。

 

だからもうしないんです。

 

だから若い時に「部長がさあ」とかいうのはまだわかります。

 

実際そのひとはパワハラを受けているかもしれませんし。

 

そういうことで救わることもあるのでしょう。

 

しかし良い年をして、いままで私が書いてきたことがわからないようでは、問題ですよ。

 

繰り返しになりますが、悪口を言って気が晴れたことが一回でもありますか。

 

ないでしょ。

 

原因は私にはわかりません。

 

だから、「あっ、こういうひとっているよね」で「目くばせ」したり「耳打ち」したりして終えるようなことでしょう。

 

そこで終えるんです。

 

しつこく書くのですが、それ以上しても余計にイヤな気持ちになるだけのことだからです。

 

私は一般論にしてラジオ番組に投稿したことはあります。

 

アドラーの本が売れるのがわかります」と書きました。

 

それも「寸止め」です。

 

細かく書くと自分の気が滅入ってしまうようなことなんです。

 

しつこく書きますが、「目くばせ」や「耳打ち」で終えるか、「そういうことをしよう」というだけにするような事柄です。

 

そういう事柄でしかないんです。

 

そういうひとでしかないし。

 

そうでしょう。