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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

英語でごはんをたべている二種類のひとたちがいた。

あるひとから「先生がnativeだから」とって英会話のクラスを紹介されました。

 

もちろんその時点で私は突っ込んでいます。

 

「あなたは日本語のnativeでしょ」と。

 

それで参加しました。

 

前にもかきましたが。

 

Hello.(こんにちは)

 

My name is (        ).(私は   です)

 

I came from (       ).(私は   の出身です)

 

とかやらされて中学生じゃないのになと思ってげんなんりしたという話です。

 

この先生はちょっと思った決定的な場面がありました。

 

そのひとはそこを流したんです。

 

日本語の「ひげ」です。

 

英語だと口ひげをa mustache、あごひげをa bread、頬のひげや猫やトラのひげをwhiskersっていうんです。

 

僕もあいまいですし。

 

ここを流されると困るんですよ。

 

なんかそのひとは英語の先生らしいのですが、子供あいてなら文法もいらないんだろうし、日本語との対比もいらないのかもしれまん。

 

だけど大人あいてでは、そのひとは無理です。

 

理由は能力がないからです。

 

まあ、悪口を書くのですが。

 

日本で英語で食べているひとには二種類いました。

 

1、日本語力が高いひと

2、英語力が高いひと

 

の二種類です。

 

そのひとは2ですね。

 

私はイヤな思いをしましたけれども。

 

1、日本語力が高い人。

 

の中には翻訳家のかたがいます。

 

SF雑誌に書いていたのかな。

 

英米文学の翻訳家のかたで「オレ英語全然できないから」というひとがいました。

 

とはいえできるのですが、まあ本人はできないと。

 

ではどうやって翻訳をしているのかというと辞書を引いて、翻訳をしているだけだと。

 

でもその方がアメリカに行ったのかな。

 

その時は英語圏の文化のようなものがわかっていたから、そのかたは大助かりしています。

 

あきらかに予約をいれていたホテルで「予約がはいっていない」と担当の女性からいわれたそうなのです。

 

その方は、そうとう恥ずかしかったと思うのですが、顔をまっかにして、手を振り回して怒ったそうです。

 

すると担当の女性が「わかったわ」といってくれたから、そのホテルに泊まれたという話です。

 

ただ「違う」ということがその方にはわかっていたんですよ。

 

日本とは違う、USは主張する文化だと。

 

湯川れい子さんもこっちですね。

 

湯川さんの英語詞の日本語の翻訳は良いんです。

 

(これは残念ながら渋谷陽一さんの発言を聞いて学んだことです)

 

湯川さんは、オリジナルで日本語の歌詞をひとでしょ。

 

日本語力が高いんです。

 

学習法は一緒だな。

 

デーブ・スペクターさんみたい日本語があんなに出来るひとでもまだ勉強しているといっていたし。

 

僕の場合は中学英語とあいさつはなんとかできていたから、そこは重要みたいですね。

 

一つの状況で一つの単語や言い回しを覚えるというやつです。

 

デーブさんがやっているんですよ。

 

湯川さんがいっていたのは「まさかlove childが私生児だとは思っていないし」という話でした。

 

歌詞に出てのか、それで覚えたということです。

 

私でいうと「ブルース・ブラザース」を一本みて、I waana quit.(辞職したい)を覚えるとか。

 

デーブさんが昔上岡竜太郎さんの番組に出ていた時に、デーブさんにも上岡さんにもわからないのに私にはわかっていた場面があるんですよ。

 

例えば当時トレンディドラマなるものがはやっていて、それは英語ができるひとたちは、英語としては違うと思いながら使っていたみたいなんですが。

 

上岡さんがデーブさんにtrendyってどういうことなのと聞いていて、デーブさんでも答えらないんですよ。

 

日本語が「的」だらけっていう話があるでしょ。

 

「僕的っていうなのよ、僕は」でいいでしょ。

 

trendって傾向とかそんな意味です。

 

もしもtrendyを日本語約すると、それは「傾向的」という翻訳かな。

 

「傾向的」って「なに的」なんでしょうか。

 

わからないでしょ。

 

もともとは普通の使われ方をしていたんです。

 

ファッション誌に「今年の秋のファッション(服飾)とトレンド(傾向)は」という見出しがあったんですよ。

 

ファッション誌がトレンドって使っていたところからじゃないのかな。

 

trendy(傾向的)という言葉は。

 

逆にデーブさんが「この日本語は」って上岡さんに聞くだけれども上岡さんが答えられない場面もあったな。

 

それはデーブさんでもわからないだろうなと思ったですが。

 

当時はHIVの問題がまだ初期くらいです。

 

デーブさんはHIVの検診にいっていました。

 

「陰性です」といわれて、「エッ」と思うんですよ。

 

「感染しているのかな」って。

 

日本語のなかで「陰性」と「陽性」っていう単語はほぼ使わないですよ。

 

そういうウィルスに感染してるかどうかって場面でしか。

 

だから日本語がむちゃくちゃできるデーブさんでも戸惑うでしょ。

 

私はその時考えたのは、「これはたぶん翻訳語なんだろう」ということです。

 

ドイツ語からかなと思ったのですが、ドイツ語はまったくできないですよ。

 

でもデーブさんに言いたかったんですよ。

 

「英語で考えてください。ニュアンスは一緒です。positiveとnegativeです」。

 

こんなことを書いていても僕は英語は出来ないです。

 

初級の下くらいかな。本当に出来ないんですよ。

 

デーブさんのダジャレは笑えませんよ。

 

でも日本語の語彙(ボキャブラリー)がないとダジャレはいえないでしょ。

 

笑えないですよ。

 

笑えないんだけれども、デーブさんがダジャレを言いたくなって、言ってしまうのはデーブさんの日本語の能力が高いということですよ。

 

ユーチューブのコメントで「こいつは日本のことをしらないでコメントしている」みたいなことがあったんですが。

 

デーブさんは良い意味保守的なアメリカ人として発言している訳だし、デーブさんは日本語がそうとうできるんだから日本人が日本語でその事情みたいなものを説明するのが筋です。

 

2.英語力が高いひと

 

「1.日本語力が高いひと」から見ると「2.英語力がたかいひと」の仕事がダメにしか見えないみたいです。

 

もうそう名乗ってもいいのかなと思うのですが、わが師・橋本治さんが英文学者の方の仕事をバッサリいっています。

 

その方は「2.英語力が高いひと」で、大学の英文学の教授でしょうね。

 

立派なお仕事をされています。

 

シェークスピアの全作品を日本語に翻訳されています。

 

橋本さんは一言です。

 

「あれは日本語になっていない」。

 

その通りだと思います。

 

その方は英語ができるんですよ。

 

でも日本語力がちょっとあいまいだから、翻訳家としてはちょっと厳しかったんしょうね。

 

僕が日本語力が高いかどうかは微妙なのですが、あえていれれば「1、日本語力が高いひと」のほうなんでしょう。

 

冒頭に英語の先生の悪口を書きましたよね。

 

「1.日本語力が高い人」からみるとどうしても「2.英語力が高いひと」の仕事には納得がいなかんですよ。

 

それは全員そうだと思います。

 

あと素養ですよ。

 

なんていうのかな、たとえば日本人は普通に複数のひとから話しかけられたときに

 

聖徳太子じゃないんだから」っていうでしょ。

 

あれは「聖徳太子が一度に何人ものひとの話を聞くことが出来た」っていうエピソードを知らないとわからない言い回しです。

 

そういうので湯川さんも失敗してますから。

 

丸屋九兵衛のラジオでの話を聞いて、そうかとおもいましたが、昔白人のコメディアンが顔を黒塗りして、「黒人はこんなにバカで」ってやってたらしんです。

 

だからいかなる理由があろうともアメリカ社会では白人やオリエンタルが顔を黒く塗るのはNGらしいんですね。

 

本当なら湯川さんがそこをおさえていて、ラッツ&スターがそれを昔やってたんですが、それは敬意の現れとしてです。

 

でも「いかなる理由であろうとNG」らしいんですよ。

 

湯川さんの見識でラッツをたしなめるのが筋だったんですよ。

 

そこまで勉強しろとは言い難いし、それはそれはそうなんですが・・・。

 

そういうことはあるでしょ。

 

日本人にとってはダメだっていうことが当たり前すぎるから言いもしないことを外国のひとがやってしまって「エッ」と思う場面。

 

でも3の人たちが現れたんですよ。

 

映画評論家の町山智浩さんがそうかな。

 

3.日本語力も高くて、英語力も高い

 

僕は当然そこにいまさらいけはしません。

 

ただ世間話程度とはいえ英語でなんか話してて、当たり前みたいに聞かれることがあるんですよ。

 

「禅とかいうでしょ、あれなに」とか「武士道ってなに」って。

 

英語でですけれども「仏教にもいろいろ種類があって、ウチは禅という種類じゃないから」とか。

 

「ウチはだいだい農家だから武士のことはわかないから」とあk。

 

でもやっぱり勉強しといたほうがいいなと思って、武士道とか鈴木タイセツの禅の本を読んで「全然知らなかった」とか思いました。

 

「武士道」は完璧に勘違いしていました。

 

新渡戸稲造が外国のひとに「宗教教育しないでモラルとかそういうのを教えられるのか」と聞かれてるみたいですね。

 

それで「日本では確かに宗教教育はしない。でもある社会規範みたいなものがある」ということで「武士道」を書いているんですよ。

 

だから「宗教」なしで、モラルとか倫理とかが日本社会で成立しているっていう話が武士道です。

 

あなたも知らなかったでしょう。

 

あとキリスト教の聖書を電子書籍で買っています。

 

読みます。

 

英語圏では聖書からの引用が普通にされいるみたいです。

 

だってたいていのひとが知っているわけですから。

 

英語も勉強はしますが、それよりも英語圏共通の素養みたいなものがある程度わかっていた方がいいなと思っているからです。

 

町山智浩さんは「3.日本語力も高くて、英語力も高いひと」なんでしょう。

 

でも私は「1、日本語力が高いひと」のままです。

 

ただ素養を身に着けたいということです。

 

余計な話ですが、世間話程度とはいえ、英語でUSピーポーと話をしていて、わかることもあります。

 

ある女性と女性シンガーソングライターのジョニー・ミッチェルの話をしたかったんですね。

 

彼女は一言で済ませました。

 

「あのひとカナダ人でしょ」

 

別の場所で男性で同世代USピーポーと話をしていたとき、たまたま私がオリビア・ニュートン・ジョンの名前を出したんですよ。

 

彼も一言。

 

「あのひとオーストラリア人だから」。

 

そういう感覚、アメリカのひとがノットアメリカをひどく見下す感じは世間話程度とはいえ英語圏のひとと話してみないとわからないことですね。