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世の中と私

グチです。でも世間のおかしさをいちいちいうと世間にいられないでしょ。

極私的「渋谷陽一」さん話

NHK様が時々頭がおかしくなります。今はわからないのですが昔は「若い」という単語がタイトルについている番組は頭がおかしかったのです。(これはほめ言葉です)

 

「若い広場」であるとか「若いこだま」(だったと思うのですが記憶が曖昧です)であるとか「放送して良いのですか」という内容でした。

 

「若い広場」はインタビュー番組と対談番組の中間くらいのラインでいわばトークショーだったのでしょうね。「若いこだま」はDJ番組だったのでしょうか。DJの人選が問題でした。若き日の桃井かおりさんとか矢野顕子さんとか渋谷陽一さんがDJをされていうたのです。

 

ある音楽ジャーナリストが渋谷さんがNHKに出ているだけで当時渋谷さんを批判していました。そういう時代だったのです。NHKに出演することがある種の人には当時「悪」だったのです。信じられないと思うのですが、そうだったのです。

 

その後のNHK様は「ヤング」がつくと頭がおかしいのです。私は好きで見ていましたが「レッツゴーヤング」はただアイドル番組でした。ただのアイドル番組にお金をかけてNHKがやっていたのです。であるとか「ヤングミュージックショー」(だったと思うのですが)で今でも覚えていますがスティービーワンダーのコンサートを二時間くらいやっていました。

 

NHKは今でもすごくて私のおそらく直系の先輩であろう泉麻人さんがDJを務めるラジオ番組で(当時)荒井由実さんのアルバム(当時はLP)の片面を流しっぱなしにして泉さんがちょっと話すと、もう片面を流しっぱなしにしていました。2016年のことでした。NHKは相変わらずすごいと思いました。

 

私は聴いてもいませんが、紅白歌合戦の真裏で渋谷さんがラジオ番組をやっていて当時のロックファンが聴いていました。私はそういう人たちが怖かったので、かかわりを持たないために聞かないでいたのです。

 

1980年という年は大きな節目でした。

 

YMOのソリッドスーツサバイバーが1980年だったはずです。山下達郎さんのブレイクも1980年。松田聖子さんのデビューが1980年。大滝詠一さんのロングバケイションがちょっと遅れて1981年ですね。

 

坂本龍一さんが1980年に渋谷さんあっているはずです。

 

坂本さんの渋谷さんに対する印象を一言当時語っているのです。

 

「普通のひとでした」という印象です。

 

70年代の渋谷さんは「普通のひとではなかった」のでしょう。そうですよね渋谷さん。

 

ケンカをしょっちゅうしていましたし、理論武装してロックとか語っていましたし。

 

今から思うとなんでロックを語るのに理論武装が必要だったんでしょうか。

 

渋谷さんは19歳とか、そういう年齢で出版社を立ち上げるのですが、吉本隆明さんの影響らしいのです。だからある種ゴリゴリのひとなのでしょう。

 

私は渋谷さんに呼ばれるようなら馳せ参じますがイジメないでください。私はメンタルが弱いのでイジメとかそういうのは本当に苦手ですから、お願いしますよ。

右とか左とか死ぬまでやってればいいんじゃないですか 私には興味がありません

「男と女」とか「昼と夜」とか、そういう思考の軸がない誰もか困るようです。ある時期の新興宗教でいうと「創価学会創価学会以外」とかも軸です。

 

佐高信さんが書いていたと思うのですが「壊すのは簡単で作るのは難しい」と。

 

たとえば堤未果さんは「1%の富裕層と99%の貧困層」という軸を提示しています。我が師橋本治さんは確か「負け組」という概念を軸に考えています。私は「改革に心惹かれる人と今のままでそこまで悪くないと思う人」という軸を提示しています。

 

この三つのどれもが「保守とリベラル」とか「右と左」とか、そういうこととはまったく無関係な事です。

 

「勝手にやってください。私は知りません」という「感じ」は言いたくもないのですが渋谷陽一さんにどこかににているのです。

 

渋谷さんがどこか「勝手にやってください」というひとです。

 

渋谷陽一さんみたいな商売が下手な人には似たくないのですが。

 

これは前に書いたことではあります。

 

ロッキングオンジャパンがパチパチに負けた件があったのです。パチパチの商売の間口が広かったのです。ロックミュージシャンにワーワーキャーキャー言いたいひと相手の商売をしていたのがパチパチで、ロックミュージシャンに創作やパフォーマンスについのマジメな話を聞きたい人相手の商売がロッキンオンジャパンでした。当然パチパチが売れるでしょ。

 

これも前に書いたのですが「sightサイト」という良い総合誌があって今不定期刊のようです。渋谷さんが固執する部分があって、そうなると当然「sightサイト」は売れないので不定期刊なのです。

 

ついでに書くと昔ロッキンオンを読んでいて「ローリングストーン誌というとても良い雑誌があるのだけれども、これを読むと性格が悪くなるので気をつけましょう」と書いてあったのですが、ロッキンオンを読んでいてもそうとう性格が悪くなっていた自分に気がついていた私はロッキンオンを読むことも辞めたのです。

 

今はしりませんが昔のロッキングはいわば掲示板だったのです。素人の原稿をどんど採用する雑誌で、当時の私はロッキンオンに絡みたくないと思っていたのです。そしてロッキングを読みもしない若者になったのです。ロッキンオン出身の音楽ライターはそうとういるのでしょうし、音楽業界への貢献度も高いのでしょうが、私はそういうルートを通るのは絶対イヤだと思っていました。「たたき合い」とか普通にありましたし。

 

ロッキンオンにも私は興味がないので勝手にやっていてください。

 

右とか左とか好きな人たちも勝手にやっていてください。

 

私は「作ることでバタバタしています」から。

 

右とか左とか言っている人たちは既成の何かを疑う能力にかけているのでしょうね。私は興味がありません。

何でも「いきなりできることはない」 自慢したくないのです

友人にコピーライターになって欲しくてコピーライター絡みの本を数冊読みました。

 

あの人たちは「写経」なるものをしているようです。いいコピーをひたすら書く作業を「写経」と呼ぶらしいのですが。

 

体に入れるのでしょう。

 

「読書百遍義自ずから見る」という言葉があります。私は好きな文章なら100回くらいは読みます。

 

そうすると「体に入る」のです。

 

余計なことをいうと林真理子さんは弟さんを尊敬させていた時期があるようです。理由は簡単で「弟さんが本を読まない」からなのです。

 

読書家にはそういうことが多々あります。本を読まないひとを尊敬することが多々あるのです。

 

しょせん好きでやっているだけのことですから、意味も価値もないと信じているのです。

 

ある席で若いひとに安部公房を勧めたら「ちょっと安部公房はわからいづらいんじゃないですか」とたしなめられました。

 

安部公房も私にとっては「娯楽でしかなかった」のです。

 

あるいは夏目漱石が10代後半から20代前半に妙に好きで漱石ばっかり読んでいた時期があります。

 

あれはおそらく「文体」だったのでしょう。

 

漱石がそんな年でわかるはずはありませんから。

 

ここからが本題なのですが、あるカフェで「見ないでキーボードを打てるひとがいるよね」という話をしている人たちがいたのです。

 

私は昔の人なので英文タイプを女性の講師と生徒に嫌われながら習っているのです。

 

男の友達はもっと若い世代なので、ワープロ検定の勉強をしています。

 

だからブラインドタッチが出来るのです。

 

それが商売でも人間関係であってもいきなりできるはずがないのです。

 

みんなそれをいわないだけのことです。

 

そういうことを変にうらやましがらないで欲しいのです。

 

いうと自慢にしかならないのでコッチは言いたくないのです。

キャッチーすぎて扱いたくない話題ですが ベッキーさんの不倫騒動がありました

恋愛が大事だと考える人たちは同じ考えをもっています。

 

1、恋愛は自分ではどうすることもできない天災である

 

2、恋愛の前ではすべての経験値がゼロになる

 

この二つの考えは恋愛が大事だと考える人たちの共通認識です。

 

歌でこういうことがわかりやすく歌ってあるものがあります。歌のタイプはまったく違うのですが。

 

梅沢富雄さんの「夢芝居」とYUIさんの「 CHE.R.RY」です。ほぼ同じ内容をまったく違うアプローチで描いています。

 

ユーチューブを張っておきます。

 


YUI 『CHE.R.RY』歌詞付き

 


夢芝居・梅沢富美男

 

まったく違う歌です。YUIさんは「かけひきなんかできない」と歌っていますし、夢芝居では「恋はいつでも初舞台」と歌っています(詩曲は小椋佳さんです)。

 

そういうことであると考える人にとっては恋愛はとても大事なのです。

 

私よりも若い人なのですが、私が信頼している友人に「大して好きじゃない女性にはいくらでも行けるんだけども好きだと思うといけないんだよね」という話をしたことがあります。

 

すると彼は「好きじゃない振りをするんだよ」と言っていました。

 

彼は強い人だから出来るのでしょうが私にはできないことです。

 

子供のじゃれる感じではない初恋の相手に私は告白しているのですが、その件をある時に話したら尊敬されました。普通これが出来ないのです。

 

そのニュアンスがわかる友人は「どうせ笑いを取るような感じで言ったでしょ」と言っていました。

 

本当に「笑いを取るような感じで」言っているのです。

 

子供のじゃれるような感じではない初恋は笑いを取るような感じでいわないといえないと思います。

 

ベッキーさんは1、2ともに共感されると思うのです。

 

そして女マスコミなるものであれば、そういう話題があっても良いのでしょうが、「あんなものは人の色恋でしかありません」から、そういうことで大騒ぎをすることには問題があります。

 

相手が芸能人だからと言って、「人の色恋で大騒ぎ」をしていることの無意味さは知るべきです。

 

基本「意味がないこと」でしかありませんから。

 

昔はやった言葉でいえば「ナンセンス」なことです。

 

「ナンセンス」(無意味)です。

 

この話の流れで話題にするのも失礼なのですが、「テラスハウス」をいくら観たとしても「恋愛は学べない」のです。

 

「耳年増」になるだけのことです。

 

ある種の女性で「自分は恋愛のことはわかっているつもりのひと」がいます。そういうひとが恋愛のアドバイスをしたがります。

 

私が笑うようなレベルしかできないくせにひとの恋愛に口を出すのが大好きなのでしょう。

 

精神的な恋愛であるとか、韓流のドラマを観て、「恋を味わう」のは結構なのですが、出来もしないアドバイスをして人からバカにされたり笑われるような人にはならないようにしましょう。

私は変な実験をします 「嫌韓」ってあったでしょ

嫌韓」のムーブメントがあった時に私は「これってなんだろう」とおもいました。そして古本屋さんで「嫌韓」本を買って読みました。

 

それからユーチューブで「嫌韓」がらみの動画を関連動画、関連動画で半日観たのです。

 

バカでしかないのですが。

 

そうしたら私は韓国にまったくうらみがないのに本当に韓国が嫌いになったのです。

 

そういう経験(あるいは実験)をしているので「嫌韓」ってこういうことなのかなと思ったことを覚えています。

 

そういうことをしたら本当に韓国が嫌いになったのです。

 

我ながら不思議でした。

 

それ以前にはまったく興味がなかったにも関わらずです。

 

不思議でしょう。

 

あんまりおすすめはしませんが、そういう実験をしてみるといろんなことがわかりますよ。

「無双」とか「論破」とか「バッサリ」とかやめましょうか もう私は飽きました

ユーチューブのタイトルに「誰それ無双」とか「誰それが誰かを論破」とかネットニュースのタイトルに「バッサリ」とかがあります。もうあれやめませんが、私は完璧に飽きています。

 

タイトルは確かにチャッチーである必要があります。でもあのタイトルはひどいですし、もうやめましょうか。

 

ある種の「まとめ」ではあります。

 

ああいう「まとめ」はヒドイです。やめたほうがいいと私は考えています。

 

本当に「無双」とか「論破」とか「バッサリ」とか、もういい加減にやめてください。

 

私はあれが「生理的にムリ」です。もう飽きましたし。

「お金」と「知識」の意味はほぼ同じです 「守識奴」にならないようにしましょう

お金と知識の意味はほぼ同じです。

 

お金はつかうためにあります。無意味に溜め込むためにある訳ではないのです。無意味にお金を溜め込む欲望にとらわれたひとのことを「守銭奴」という蔑称で呼びます。

 

守銭奴」ならぬ「守識奴」がいます。

 

「あれも持っている、これももっている」という自慢はみっともないですよね。

 

「あれも知っている、これも知っている」という自慢も同じくみっともないものです。

 

みっともないんです。

 

そういうひとがいます。

 

私はそういうひとには消えて欲しいです。

 

あなたは「守識奴」にならないように気をつけてください。